東京高等裁判所 昭和53年(く)141号 判決 1978年6月01日
申立人 八木孝征
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は、申立代理人弁護士相原宏の提出した抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。
そこで、本件記録を調査すると、抗告申立人は昭和五二年七月二八日覚せい剤取締法違反の被疑事実により逮捕され引き続き勾留され、同罪により原審の静岡地方裁判所に起訴され、その後、四回にわたつて同法違反の罪で追起訴され、その間同年九月二〇日同裁判所裁判官によつて保釈保証金を一〇〇万円として保釈許可決定がなされ、翌日釈放され、原審裁判所は同年一〇月三日の第一回公判期日以降前記各起訴にかゝる事実を併合審理して二回で結審したところ、抗告申立人は同年一二月一五日第三回の判決言渡期日に無断で欠席したゝめ原審裁判所は検察官の請求により、同日正当な理由なく公判期日に出頭しなかつたとして右保釈許可決定を取り消し、右保証金全部を没取する旨の決定をし、抗告申立人は同月一七日収監され、昭和五三年一月一二日の第四回公判期日において、懲役二年の判決の宣告を受けたことが明らかである。
所論は、抗告申立人が右判決言渡期日に欠席したのは、その一月程前に受けた交通事故の被害で頸痛等があり、医師の治療を受け、裁判所に差出して言渡期日の変更を求めるための診断書を貰う考えで医院に赴いたが、意外に手間取り、約三三分遅れて裁判所に到着したもので、既に期日の変更決定があつたのでそのまゝ帰宅したものであるから、右の事情の下では抗告申立人が刑訴法九六条一項一号の「正当の理由がなく出頭しないとき」に該当するとするのは誤りであり、既に実刑の言渡があつて、原決定中保釈取消の部分についてはこれを争う実益はなくなつたとしても、保釈保証金没取の部分については、なおその取消を求め、仮に違法でないとしても不当な裁量として不服を申立てる利益がある、というのである。
しかし、本件記録によれば、抗告申立人は、前記判決に控訴し、これに対し東京高等裁判所は同年四月二四日控訴棄却の判決をし、同判決は五月八日確定し、抗告申立人に対し刑の執行が開始された後の同月二〇日に至つて本件抗告の申立がなされたことが明らかであるところ、抗告の申立は、特別の定めのある即時抗告を除いては、原裁判の取消、変更を求める実益のある限りこれをすることができる(刑訴法四二一条)が、手続の安定性を重視する刑事訴訟の性格に照し、もとより無期限ではなく、合理的な申立期間の制限に服すべきものと解せられ、本件に即して考えると、第一審裁判所のした保釈保証金没取決定は、その基礎となる勾留、保釈の効力を含めて実体に関する上訴審の判断が示される控訴審の裁判の告知までに不服申立がなければ、その時点で同決定に不服がないものとして形成されてきた法律状態の安定したことが明確になつたと認めるのが相当であり、また、控訴の申立なく、あるいは控訴申立後でも取下げによつて第一審判決が確定するときは、その時点で右同様に考えられるから、右決定に対する不服申立は右各時点までになされなければならず、それ以降の不服申立は許されないものというべきであり、そうすると前示のように控訴審の判決があり、それが確定した後に申立てられた本件抗告はそれ自体不適法と解するのが相当である。
よつて刑訴法四二六条一項により、本件抗告の申立を棄却することゝし、主文のとおり決定する。
(裁判官 小松正富 千葉和郎 鈴木勝利)